年年大吉
中国に関連するモロモロのつぶやきです。
DATE: --/--/--(--)   CATEGORY: スポンサー広告
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
DATE: 2008/12/16(火)   CATEGORY: 宮城谷昌光
侠骨記
続いて宮城谷先生の「侠骨記」を読みました!
侠骨記 (講談社文庫)侠骨記 (講談社文庫)
(1994/02)
宮城谷 昌光

商品詳細を見る


私の武侠への入口であり、
まさに”武侠小説の巨人”である金庸先生の作品の主人公達が、
だいたい、お上に敵対する人物で、
どちらかというと武術の腕を持ってして悪を懲らす、
という人物像なので、
やはり、「侠の人」というと、任侠的側面を強く感じてしまう訳です。
それに、時代も宋・元・明・清代あたりに集中してますし、
なんとなくそんなイメージを持ってしまいがちなのですが…

しかし、創作以外(と言い切って良いのでしょうか?)で
「侠の人」というと、
例えば、時代ももっと古くて、戦国時代とか秦代などに多い気がします。
で、君主を動かすなどして活躍したり、
武術家というよりは、政治的手腕を奮っているイメージです。

で、今作「侠骨記」は、まさに後者の「侠の人」が登場しました。
「侠骨記」
「布衣の人」
「甘棠の人」
「買われた宰相」
の4作からなっております。

「侠骨記」
宮城谷先生、もしかして管仲があまりお好きではないのかも?
と思いながら読みました。
確かに、読む限りではずるがしこい印象です(^^;

この時代(夏殷周時代?春秋戦国時代?)って
国も物凄く沢山あって、価値観も、後世と微妙に違う感じがします。
王朝と諸国の関係性とか…
あぁ、勉強不足なので、うまく言えません!
まだこの時代の空気みたいなものしか掴めてない…

曹劌は普通の人にも関わらず、斉に連敗中の魯公、同に進言します。
出世したいから!という思いじゃなくて、
本当に自分の国や君主を思っての行動、
という辺りが、やはり「侠骨の人」という事でしょうか。
最後、曹劌が斉の小白に剣を突き付けて要求を通す所は、
「始皇帝暗殺」の荊軻にも似た雰囲気がありますね。

でも一番感動的な所は、曹劌が戦に負けてしまい、
魯公、同の顔を潰してしまったため、自害しようとするのですが、
それを見越して「自害してはならぬ」と、剣を預かりに季公子が来る所でした。
こういう一対一の信頼関係は、時代が後に下ってくると、
もうちょっと希薄になる気がしますが、それは気のせいでしょうか?

「布衣の人」
中国古代の伝説の王、のお話です。
舜は俊とも書かれるとか。
俊って、こんな苦労人だったの!?というか、身分も高くなかったの!?
という驚きがありました。
実の父(盲目)、継母、弟にまで虐げられ、殺されかけたり、
瞳が四つあったり、
夢のお告げで君主に祀られたり、
という辺りに、神話っぽい雰囲気を感じます。
打たれ強い俊がとっても健気です。

「甘棠の人」
18頁程度の短い作品です。
太公望と召公のお話でした。
う~ん、何が要点か、ちょっと纏めきれませんでした(^^;

「買われた宰相」
百里奚のお話。
彼の生まれた国である許を滅ぼした、鄭や魯を怨み、
斉に行って仕官しようとするわけですが、
その短気な性格が災いしてか、なかなか芽が出ません。
しかし、友となった斉人、蹇叔は根気よく百里奚に付きあいます。
二人は諸国を放浪しますが、なかなか英明な君主に巡り合えません。
年齢を重ねた百里奚は、気力も付き、どこかに骨をうずめたいと
蹇叔の止めるのも聞かず虞に仕え、二人は袂を分かちます。
やがて蹇叔の見解どおり、虞は滅びて、
百里奚は捕虜となったり、一時は牛飼いにまで身を落とすのですが、
秦の穆公の家臣、禽息が百里奚の聡明さを見抜き、
一命を賭して進言した事により、
羊の皮5枚(五羖)で秦に買われ、自ら五羖大夫と名乗ります。
この時、百里奚70歳過ぎ!
なんとも気の長い話です。

で、ここからが良いのですが、
百里奚は若い時に大言ばかり吐いていた自分を
ずっと見捨てずにいてくれた蹇叔に深く感謝し、
蹇叔を探し出して穆公に推挙します。
蹇叔も百里奚を補佐する為にすぐさま秦にやってきます。
この二人の友情に激しく感動!(^▽^)

どうしてそう感動したのかな?と思っていると、
「解説」に、山崎純一先生がこう書かれてました。

読者はおそらく「管鮑之交」の故事を連想されるにちがいない。かつ「管鮑之交」以上に、この物語に強い共感をおぼえられるであろう。
管仲に対する無私の協力者鮑叔は絶大の大器管仲の崇拝者であり、管仲は抜け目なき器量人、いかなる逆境にも動ずることなく我欲を貫徹する冷血の「強者」である。かたや蹇叔は百里奚に数等まさる才器、その百里奚に対する援助は温情であり、百里奚は情熱家だが、逆境に耐えきれぬ脆さを克服しきれぬ「弱い人」である。二組の友情譚は、すじがきのみでなく、登場人物の魅力自体に差があろう。



なんだか、よく解ります!
友情というものは、一方的ではなく、双方が思いやる物ですもんね。
あと、百里奚の人間臭い弱さにも、なんだか共感できますし。

しかし、
「管鮑之交」の意味は、
「利害によって変わることのない親密な交際」と言われますが、
こうやって比較すると、なんとなく疑問が残るような…??
管仲、結構自己中かも~(^^;
もちろん鮑叔に対して感謝はしているようですが、
「尽くすタイプの彼女のお陰でまんまと立身出世した男」
…みたいな印象になってしまいました(爆)

蹇叔も鮑叔も”無私の友情”ですが、
百里奚と管仲の性格や態度が違うから、
そういう印象なのでしょうか?

面白い、良いお話でした!

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © 年年大吉. all rights reserved. ページの先頭へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。