年年大吉
中国に関連するモロモロのつぶやきです。
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DATE: 2011/10/14(金)   CATEGORY: 普通の雑記
軍艦島へ行ってきました。
今日は、続けて更新です(^^;

え~先日の土日に、長崎県の軍艦島に行ってきました!

ずっと行ってみたいと思っており、
2月にもバスツアーを申し込んでいたのですが、
人数が集まらず、キャンセルに(T T)
今回、ようやくツアー参加の運びとなりました!

085.jpg

とかいうと、人気がないのかと思われそうですが、
既に20万人が観光上陸しているとか。
2月は平日で申し込んだからダメだったんでしょうね。
正直、行くまでは、近年の廃墟ブームに乗っかって、
カッコイイ写真撮るぞ~!と浮かれてまして、
相公も、「B'zのプロモのロケ地なんだよね~♪」
とか言って、完全な野次馬根性だったのですが。
行ってみて、ちょっと意識が変わりました。

ツアーで行くので、
宿泊場所の伊王島から出港する、ブラックダイアモンド(黒ダイヤ=石炭の意味ですね)
という船に乗りました。
033_20111014104417.jpg

一日一回のみのツアーのようで、
伊王島から軍艦島までが30分弱でしょうか。
上陸してからも、限られたわずかな時間で、
限定されたルートしか見て回れません。
というのも、倒壊の恐れがあるので、
危険だから、です。
実際、軍艦島に接岸するのは大変難しく、
この日は天気が良かったのでOKでしたが、
8月等、台風の時期は2mくらい船が上下するので、
接岸できず引き返した、との事。
とにかく、過酷な環境です。
住民がいた当時は、
板の上から縄梯子を下ろして、
それによじ登って上陸していた、との事。

ブラックダイヤモンドには、この日、170名もの乗客がいました。
ツアー参加に関しては、施設を汚しません、等の項目がある
誓約書を書きます。
当たり前のことだと思うのですが、
なんか近年、わざわざ立ち入り禁止区域に入って
落書きするような輩がいるのらしい(怒)

この日、案内して下さったのは、
「軍艦島を世界遺産にする会」理事長さん。
理事長は、子供の頃、この軍艦島に住んでらっしゃった、との事。
軍艦島は、炭鉱の島です。
国のエネルギー政策の変換により、
閉山の通告を受けてからわずか3ヶ月の
1974年4月20日、この島を捨てた時の事を話して下さいました。
そう、物凄く昔むかしの事のように思っていましたが、
つい37年前まで、確かに、ここに住んでいた方がおられた、
という事に思い至り、なんだか愕然としました。
故郷を捨てなければならなかった、という事、
また、その故郷が廃墟となっていく事に
耐えがたい思いを抱いておられるのが、
その口調から伝わり、理事長の言葉でハッとして、
撮影にいそしんでいた観光客170名一同、シーンと静まり返りました。
自分の意志と関係なく故郷を捨てなければならないという事は、
現在の福島の子供たちも同じ思いをしているという事だ、
とも語っておられました。

わずかな見学時間だったので、
早口でしたが、軍艦島の事を語って下さいました。

国内で閉山した炭鉱では唯一黒字だったというこの軍艦島、
元は本当に小さな島だったのを、
炭鉱に従事する人々を島から出さない為、
(市内に渡って、海が時化ると帰ってこれないので)
学校から病院、パチンコ屋や飲み屋街といった各種設備を完備していました。
島はそのほとんどがコンクリートで埋め立てられており、
また台風の被害が激しいこの地域では、
海の接する周囲をぐるりと高いコンクリート外壁で覆っています。
その為、島というより軍艦にそっくりな異様な外見となってしまいました。
そこまで整備しても、台風の際には建物を超える波が打ち寄せ、
建物の窓ガラスが割れたという事です。
炭鉱内での作業の厳しさは他の炭鉱と同じですが、
島であるだけに、生活環境そのものも厳しかったと言います。
その代わり、お給料はかなり良かったらしく、
当時、TVは各家庭にあり、アンテナが乱立していたとの事。
島を離れる際には、余裕もあった為か、
TV等の家電製品は置き去りになっていたとの事。
又、もう一つには、もう誰もこの島には来ないと思っていたので、
掃除する事もなく放置していたと言います。



1916年に出来た、日本で最初の鉄筋コンクリート造の集合住宅「30号棟」
048.jpg
そんな頃からコンクリートってあったんだ、と驚きましたが、
これはコンクリートの劣化実験でもあったとの事。
そう考えると、コンクリートって丈夫だなぁ、
とも思えますが、木造建築なんかは
もっと古いものもありますしね…
台風の影響等で窓ガラスは割れています。
人が住んでいたら、ここまでボロボロにならないで済んだのでしょうか。


幹部の住宅。
046.jpg
やはりエライ人は高い所に住んでいたようです。
波を避ける為もあったのかもしれませんね。

かつては”緑なき島”と言われていたそうですが、
今は緑が…それもこれも、無人になったからとの事。
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地下の炭鉱に降りる為の場所。通称”生死の分かれ目”
炭鉱内での作業はどこも厳しいものです。
062.jpg
地下に降りるのに、1分間程度でストーンと降りていたので、
初めて乗った人は気絶していたとか。
炭鉱は石炭を掘った後は空洞になっており、
ここには水を入れているとの事。(見ることは勿論出来ませんでした)
そんな処置の仕方なので、
いつ、地盤沈下で軍艦島が沈んでもおかしくないそうです。

島の北側を船から見た所。これは小学校と幼稚園、だったかな?
こちらの学校の卒業生の方が、ツアーに参加しておられ、
涙ぐんでおられました。
090_20111014102851.jpg

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058.jpg


左側はナカノシマ(漢字が解らないんで片仮名で)、
右奥が軍艦島です。
101.jpg
こうやって比較すると、島としての形の異様さが解ります。
ちなみにナカノシマは火葬場だったとの事。
なんでもある軍艦島になかった設備を
隣のナカノシマに作っていました。

と言う事で、
行って良かった、軍艦島!
色々考えさせられますが、
こういう産業遺産を見るのも大切ですね!




オマケその1。
長崎市内の宝来軒別館で食べた、角煮饅頭。
011_20111014104418.jpg
ちょうど長崎くんちの期間だったので、市内は凄い人でした。
バスツアーでもあるし、時間がなくて中華街へは寄りつく事も出来ず、
バスが止まった原爆資料館のすぐ近くのこちらのお店へ行きましたが、
正直、中華街のお店より美味しかったです!
でもこの周辺ってほんと食べる所が他になくて…(^^;
トルコライス行きたかったんだけど、発見できませんでした。
それはまた、改めて行こう…長崎、好きだし。


オマケその2
宿泊した伊王島の、馬込教会。
105.jpg

オマケその3
九十九島の水族館のエイ。可愛い。
123.jpg

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| | 2011/12/08(木) 15:51 [EDIT]
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