年年大吉
中国に関連するモロモロのつぶやきです。
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DATE: 2012/02/28(火)   CATEGORY: 中華映画
たまゆらの女
「たまゆらの女」

原題は、「周漁的火車」だそうですが、
そっちの方が絶対いいと思うなぁ…

「きれいなおかあさん」の孫周(スン・チョウ)監督と、
鞏俐(コン・リー)が再びタッグを組んだ!
という作品ですが、
いや~、鞏俐、お母さん役をやった後に、
こんな女性を演じるなんて、女優さんとはいえ、
凄いな~と改めて思いました。

一言でいえば、恋愛映画かな、と思うのですが、
恋愛=若者の特権!的な所へ持ってきて、
鞏俐と梁家輝(レオン・カーフェイ)で主役を張る所が良いじゃないですか。
逆に大人の恋愛、となると不倫だなんだという展開が多いですが、
そうではなく、普通に年齢関係なく、男と女の恋愛、という感じです。
違和感が無いのは、やっぱり俳優が洗練されてるから、ですかね~。

鞏俐って凄い美人か?というとそこまででも無い気がしますが、
肌が綺麗、とか、スタイル抜群、といった要素が
より”いい女”に見せてる気がします。
歩き方とか、手の甲で顎を拭うしぐさとかも、
なんか艶めかしい。

wikiによるあらすじ

雲南省の建水に住む白磁の染付け絵師・周漁(チョウ・ユウ)は、無名の詩人・陳清(チェン・チン)と恋に落ち、彼の住む四川省の重慶まで汽車で10時間もかけて会いに通うようになる。だが陳青にとって、そんな彼女の強い愛情は次第に重荷になっていく。そんなある日、周漁は無骨だが心優しい同郷の獣医・張強(ヂャン・チャン)と出会うのだが……。



周漁を鞏俐が、陳清を梁家輝が、張強を孫紅雷(スン・ホンレイ)が
演じております。


以下、ネタバレ含む感想です。
陳清はとにかく自分が詩作をすることだけが生きがいで、
その他は無頓着な、浮世離れした男の人。
公務員で、書庫に住みついています。
対する張強は、現実的で明るい男の人、という感じです。
細かいことはグチグチ考えないタイプ。

周漁は人目をひくような美女ではありますが、
愛想が良いというタイプではありません。
少々エキセントリックというか、少女趣味な面もあるような。
陳清と出会って、彼に惹かれ、
半ば強引、かつ積極的に押し掛けて行く訳ですが、
陳清だって男ですから、悪い気はせず、二人は一気に”男女の仲”へ。
周漁の事を詩に読んで、それが新聞に掲載されたりして、
彼女は一気に舞い上がります。
無名の彼を何とか有名にしたいと、詩集の出版が出来るように奔走したり、
詩の朗読会を企画したりします。
いずれも失敗に終わる訳ですが、陳清は段々彼女を疎ましく思うように。
そもそも、彼は詩人として大成したい、というような野望は無い様子。
とにかく、詩作が出来れば幸せ、というような男でした。
その辺のズレもあり、少しずつ、周漁を避けるように。
(大体、毎回10時間かけて周漁が訪ねる一方、ってどうなんだ)
とはいえ、男と女なので、会えば会ったでそれなりに色々、あるんですが、
はたから見てると、感情と欲望は別、っていう事とか、
二人だけの閉じられた世界の不健康さが良く解る。
身勝手といえば身勝手ですが、陳清ははチベットの教師に応募し、
チベットへ行ってしまいます。

その頃前後して、列車で出会った張強。
美人の周漁にしつこく付きまとうのですが、
こっぴどくふられてしまいます。
しかし、面倒見も良いですし、現実とか生活、ってものを良く解ってる男です。
周漁はなんだかんだ言いながら、ま、友達感覚なのかもしれませんが、
手相を見てもらったり、張強の家を訪ねて行ったりして。
無邪気っちゃ無邪気なんですが、そういう態度は期待を持たせるだけ、
残酷だぞ?と見てるこっちは思ってしまう。
…結局、張強も友達ではおられず、
周漁も、寂しさから、なのか、やはり現実を思い知ったのか、関係を持ってしまう。

…これで周漁は陳清を見限り、
「あぁ、私は馬鹿だった!」と張強とくっついちゃう、
というのが、現実世界では多いパターン。
女友達からも絶対、張強を勧められるだろうと思うのですが、
なんと「やっぱり私は彼を忘れられない!」と、
チベットへ陳清を追っかけて行くのでありました!!

映画として、どう、しまいをつけるのかな?
と思ったら、周漁はチベット行きのバス事故で亡くなったらしい。
この辺の描写が、
秀という、周漁に大変良く似た、ショートカットの女性
(実際は鞏俐の二役)が出てきたことにより、
少々見ているこちら側が混乱するのですが、
とにかく、この周漁の死によって、
陳清の中で、彼女は、思い出に生きる、唯一無二の女として、刻まれたのでした、
という事で、「周漁的火車」という詩集を出版。
おしまい。

う~ん。
映画的であり、綺麗な終わり方、と言えますが、
見ている私からしたら、これほど男性に都合の良い、
いや、陳清みたいな、夢だけに生きている男性に都合の良い映画はないな、
という感じ。
陳清タイプの人は、凄い年とってから、とかじゃないと
女性と一緒に暮らせないかも。
彼にとって周漁は、詩作にインスピレーションを与えてくれる
霊的存在でもあったんでしょうけどね、
一緒に人生を歩んでいく、みたいな気持ちはさらさらなかったような。
お互いが納得してたら、そういう関係も良いんでしょうけども、
どうなんだろう??
ま、恋愛は結婚と違って、契約ではないんだから、
過程を楽しむだけで何が悪いのか?と言われると、黙ってしまいますが。
周漁が勝手に押し掛けたんだから、という意見もあるかもしれないし。
までも、あのまま張強に収まっていたら、
あんまり映画にする意味なかったのかも。

いや~、男女の事って難しいですね!

あ、映像的にも、電車が効果的に使われてて、
なかなか綺麗な映画でした。

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